東大医学部同窓会誌「鉄門だより」2022年5月号(第797号)の「鉄門いまむかし」コーナーに拙文「引きこもりからの脱却」が掲載されました。
鉄門だより
後藤 利夫先生

拝啓

平素は東京大学医学部同窓会誌「鉄門だより」へのご支援を賜り、誠にありがとうございます。鉄門だより編集部「鉄門いまむかし」担当、医学部医学科4年の    と申します。お忙しい中、突然の電子メールにて失礼致します。

弊紙では毎号、OB・OGの先生方に卒業後のご経緯や、現在のご活動などを紹介願う欄「鉄門いまむかし」を作成しておりまして、今回、先生にご寄稿をお願いさせていただけましたらと考え連絡いたしました。

原稿には、現状や御卒業されてからの歩み、学生時代を振り返られてなどを1500字程度にてお書きいただき、15字程度までの題名、30字程度までの現在の先生のご所属・肩書きを合わせて掲載させていただいております。

また、思い出深いお写真などがございましたら、ぜひ1枚、そのご説明と併せて掲載させていただきたく存じます。

引きこもりからの脱却


1988年卒 後藤利夫



1988年卒の後藤利夫と申します。私は中学2年で不登校、高校は1ヶ月で退学、その後高校には行かず家にひきこもって、大検(大学入学資格検定試験)から東工大理学部物理学科に行き、4年遅れて東大理Ⅲに入学しました。その間、塾や予備校、家庭教師などとは一切無縁で、すべて独学で勉強しました。

小学校の通知表には協調性がないと書かれていました。人と会話するよりも一人で空想しているほうが好きでしたので、本当は物理学者になりたかったのですが、なれそうになかったので医師を目指しました。大学時代は授業にもあまり出席しませんでしたが、当時は出席を取らず成績重視でしたので無事に卒業できました。卒業後は大腸内視鏡の専門家になりました。大腸内視鏡は検査時に患者さんと顔を合わさなくて済みますし、両手で操作する大腸内視鏡はテレビゲームのような面白さがあり、私に向いていました。

恩師の故・粒良邦彦先生(1970年卒)に内視鏡のイロハを教わり、先輩の田淵正文先生(1984年卒)に腸内に空気の代わりに水を入れるアイデアを教わりました。水を入れると滑りが良くなりスコープを押す力が少なくなりますので、スコープがたわまず真っ直ぐのままで挿入できます。スコープのたわみを取る必要がありませんので術者にとって挿入が簡単になり、腸が伸ばされませんので患者さんにとって苦痛が少ないのですが、難点は挿入に時間がかかることでした。

その後、徳洲会の徳田虎雄理事長のところに会いに行き大腸内視鏡だけをやらせて下さいと申し出たところ、即座に承諾を得て鹿児島徳洲会に行きました。そこではコロンモデルを実験道具にして、スコープの持ち方、回し方から挿入法まで大腸内視鏡挿入法のすべてを科学的に再検討しました。各部位で最も合理的な方法を選択し、最大公約数的にワンパターンメソッドを開発しました。受験時代に独学したことや東工大時代に物理を学んだことが役に立ったと思います。これにより平均挿入時間を5分以内に短縮することができました。

一年後、私は徳州会をやめて非常勤になりました。当時、加計呂麻病院院長だった高野良裕先生(1975年卒)は、医師が飛行機に乗って僻地離島を回るフライング・ドクターシステムを発案しました。私は毎日、午前中は移動、午後は大腸内視鏡というスケジュールで北海道から沖縄まで僻地離島を回り、1日最大25人の大腸内視鏡を実施しました。このシステムは病院・医師双方にメリットがあり、患者さんも痛みが無かったと喜んでくれましたので、飽きっぽい私でも長く続けることができました。

ワンパターンメソッドは初心者でも3ヶ月で習得できましたので、多くの医師に教えることができました。徳洲会には50人の弟子を作り、ニカラグア、キューバ、ボリビア、中国にもこの方法を紹介し、『水浸法による無痛大腸内視鏡挿入マニュアル』(中外医学社)という本にまとめました。私自身、これまで6万人の大腸内視鏡を無事故で施行し、3千人の大腸がんを見つけました。ひきこもりで社会性の無かった私でも、社会貢献はできたのではないかと思います。

今は仕事はほとんど引退し都会から田舎に引っ越して、若い頃に苦労をかけた高齢の親の面倒を見ながら、静かに暮らしています。今後はボランティアで水浸法の普及に努めるとともに、不登校やひきこもりの人たちの独学を応援したいと考えています。これまでの学歴社会とは違い、勉強したからといって出世や成功する保証はありませんが、学ぶことはどんな形であれ必ずやその人の人生の役に立つでしょうし、皆が学び続ければ日本が良くなると信じるからです。

引きこもりからの脱却
写真:徳洲会時代の筆者(千葉西総合病医院にて)