この記事は私が2001年7月に上梓した一般人向けの本『その便秘こそ大腸ガンの黄信号』(祥伝社)からの抜粋です。昔の記事ですので今の考え方と違うところもありますが、あえて訂正せず原文のままでご紹介します。
 私が内視鏡をやっているとよく、他の医師に挿入時間や挿入率を聞かれます。大腸の一番奥の盲腸まで到達する時間と率のことで、検査の経験数とともに内視鏡の技術の物差しになっています。盲腸まで達した検査をトータル・コロノスコピーと言います。トータルコロノスコピーを5分以内でやるのが、一流だそうです。しかし、5分と10分とどれだけの違いがあるのでしょう。患者さんを主体に考えるのなら、それよりも苦痛を与えない、危険の少ない検査を目指してもらいたいものです。また、どうしても挿入が困難なときがあります。そういうときは検査時間が長くなり、患者さんもかなりの苦痛を伴いがちです。他に変わる検査もあるのですからあまり、深追いするのはどうかと思います。その時は、うまくいっても、その患者さんがもう2度と検査を受けなくなったら、検診としては失敗だといえるでしょう。たまに「痛いからもうやめてくれ」と患者さんが言っているのに「もうちょっとがんばりましょう」といって、なかなかやめない医師がいますが、見ていても怖い気がします。
 以前聞いた話ですが、某大学の教授が大腸内視鏡検査中やめてくれと叫んでいた患者に、検査後殴られたというのです。本人は笑い話のつもりなのでしょうが、私は全然笑えませんでした。その人の内視鏡の挿入技術のなさを笑うよりも、患者をどのように考えているのか医師としてのあり方に首をひねりたくなります。
 医師に対して言いたいことですが、挿入困難は早めに中止する勇気を持ってほしいと思います。
 検査を始めてみた結果、内視鏡の挿入が難しい人に対しては、すぐに他の方法を考えなければなりません。ファイバースコープをすぐに抜き、即座にバリウム造影に切り替えて、内視鏡で見ることができなかった部分もその日のうちにレントゲンで見て判断するという姿勢が大切です。バリウム造影は、もちろん内視鏡より診断能が落ちますが、大きなガンであれば、まず見逃すことはありません。
 何が何でも内視鏡というのは、医者のエゴにすぎないわけで、患者さんの苦痛や事故の危険考えると、必要なときには検査を中止することも大切です。
 挿入時間や挿入率を議論する前に患者さんの苦痛や事故率について議論して欲しいものです。