水浸法による無痛大腸内視鏡挿入マニュアル

~本を読んだ人も読んでいない人も、水浸法の人もそうでない人も~

『水浸法による無痛大腸内視鏡挿入マニュアル』中外医学社より好評発売中。
本はマニュアル本ですので「なぜそうするか?」より「なにをするか?」の方に力点がおかれています。
このブログでは本を補完するため理論的な面を詳しく説明します。

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カテゴリ: 『その便秘こそ大腸ガンの黄信号』より

この記事は私が2001年7月に上梓した一般人向けの本『その便秘こそ大腸ガンの黄信号』(祥伝社)からの抜粋です。昔の記事ですので今の考え方と違うところもありますが、あえて訂正せず原文のままでご紹介します。
 その他の大腸内視鏡検査の事故はどのようなものがあるのでしょうか?
穿孔
出血
麻酔
落下
ガス爆発
機械の故障
鎮痙剤の副作用
 穿孔と出血が2大事故です。
 穿孔はスコープが腸を突き破ることです。挿入時にスコープを押しすぎて破る場合と、ポリープを取るときに焼きすぎて穴があく場合があります。穿孔すると外科的におなかを開けて破れたところを縫います。
 出血はポリープを取った後、傷口から出血します。再び内視鏡をして止血操作をします。
 麻酔事故は、麻酔が効きすぎて呼吸が止まります。麻酔が覚めるまで人工呼吸すればいいのですが、気が付かないと植物人間になったり死にます。
 落下事故は、検査台から落ちることです。高齢者が腕や腰の骨を折ったりします。
 ガス爆発は、ポリープを取るときに火花が腸のガスに引火して腸内で爆発します。びっくりします。
 機械の故障は、カメラが急に見えなくなったり、ポリープを切り取るワイヤーが切れたり、電気メスの電気が流れなくなったりです。
 鎮痙剤の副作用は、薬のアレルギーとか、狭心症発作とか、検査後おしっこが一時的に出なくなり導尿するとかです。
 いろいろ書くと恐ろしいようですが、この中でたまにあるのは出血(2000件に1件)と機械の故障(年に1度)くらいのものです。10000万件やって大事に行った他ものは1例もありませんのでご心配なく。しかし、これらの事故が絶対起きないようにいつも心を新たにしています。
 (私の事故予防法)
穿孔・・・穿孔する前に苦痛がある、苦痛を越えたところに穿孔があるので、もともと苦痛を与えない「水浸法」は穿孔を起こさない。予防法は、苦痛を与えないこと、痛がったときはすぐに中止すること。
出血・・・ポリープを取った人ほぼ全例にあらかじめ止血処置をしておく。「転ばぬ先の杖」
麻酔・・・かけなくても痛くないので、全くかけないか、かけてもわずかにしておく。
落下・・・ベッドの前後に必ず人がいるようにする。
ガス爆発・・・「水浸法」では挿入時にガスをすべて抜く。
機械の故障・・・日頃の手入れ。臨床工学士さん、ご苦労さん。
鎮痙剤の副作用・・・注射前のチェック。看護婦さん、ご苦労さん。
 ずらっと並べると怖くなってきます。たしかに大腸内視鏡事故は胃カメラに比べ事故率が高いですが、ほとんどは検者の操作の未熟さに起因するもので、ベテランが行えば事故率は胃カメラと変わらないと思います。私が行った検査10000例中大きな事故はなく、出血が5件のみ、その間に見つかった大腸ガンは300例あまり、大腸ガン予防のために、大腸内視鏡検査はリスクが低いわりに効果が高い検査です。
 ベテラン医師ならまず大丈夫でしょう。特に麻酔を使わず、苦痛のない検査をする技術があれば、事故の可能性はきわめて低いと思います。

この記事は私が2001年7月に上梓した一般人向けの本『その便秘こそ大腸ガンの黄信号』(祥伝社)からの抜粋です。昔の記事ですので今の考え方と違うところもありますが、あえて訂正せず原文のままでご紹介します。
 私が内視鏡をやっているとよく、他の医師に挿入時間や挿入率を聞かれます。大腸の一番奥の盲腸まで到達する時間と率のことで、検査の経験数とともに内視鏡の技術の物差しになっています。盲腸まで達した検査をトータル・コロノスコピーと言います。トータルコロノスコピーを5分以内でやるのが、一流だそうです。しかし、5分と10分とどれだけの違いがあるのでしょう。患者さんを主体に考えるのなら、それよりも苦痛を与えない、危険の少ない検査を目指してもらいたいものです。また、どうしても挿入が困難なときがあります。そういうときは検査時間が長くなり、患者さんもかなりの苦痛を伴いがちです。他に変わる検査もあるのですからあまり、深追いするのはどうかと思います。その時は、うまくいっても、その患者さんがもう2度と検査を受けなくなったら、検診としては失敗だといえるでしょう。たまに「痛いからもうやめてくれ」と患者さんが言っているのに「もうちょっとがんばりましょう」といって、なかなかやめない医師がいますが、見ていても怖い気がします。
 以前聞いた話ですが、某大学の教授が大腸内視鏡検査中やめてくれと叫んでいた患者に、検査後殴られたというのです。本人は笑い話のつもりなのでしょうが、私は全然笑えませんでした。その人の内視鏡の挿入技術のなさを笑うよりも、患者をどのように考えているのか医師としてのあり方に首をひねりたくなります。
 医師に対して言いたいことですが、挿入困難は早めに中止する勇気を持ってほしいと思います。
 検査を始めてみた結果、内視鏡の挿入が難しい人に対しては、すぐに他の方法を考えなければなりません。ファイバースコープをすぐに抜き、即座にバリウム造影に切り替えて、内視鏡で見ることができなかった部分もその日のうちにレントゲンで見て判断するという姿勢が大切です。バリウム造影は、もちろん内視鏡より診断能が落ちますが、大きなガンであれば、まず見逃すことはありません。
 何が何でも内視鏡というのは、医者のエゴにすぎないわけで、患者さんの苦痛や事故の危険考えると、必要なときには検査を中止することも大切です。
 挿入時間や挿入率を議論する前に患者さんの苦痛や事故率について議論して欲しいものです。

この記事は私が2001年7月に上梓した一般人向けの本『その便秘こそ大腸ガンの黄信号』(祥伝社)からの抜粋です。昔の記事ですので今の考え方と違うところもありますが、あえて訂正せず原文のままでご紹介します。
 特に大腸内視鏡検査に伴う事故について、もう少し考えてみましょう。
 内視鏡検査では、穿孔(腸壁に穴を空けてしまうこと)と麻酔事故ががもっとも怖い事故です。内視鏡を腸壁に強く押し過ぎると痛みがありますが、さらに強すぎると穿孔します。
 熟練した医者であれば、どれくらい押してもいいのか見当がつきます。経験を積んでいれば、「ああ、これ以上押したら患者さんは痛がるな、穿孔の危険があるな」という予測がつくのです。
 しかし内視鏡検査の経験が乏しい医師では、このへんの〝さじ加減〟がわからず、グイグイ押しすぎて腸に穴を空けてしまいます。
 穿孔事故が起きてしまえば、基本的に開腹手術となります。
 さらに、最近は麻酔を使ったための事故も増えています。
 患者さんの苦痛を取ることを優先しようとした結果、麻酔をかけて内視鏡を入れるのです。患者さんの苦痛は少なくなりますが、反面、「痛い」というサインを出すべき時でも何も感じないので、経験の乏しい医者ほど「まだ大丈夫だな」と、内視鏡を押しすぎてしまい、最悪の場合は穿孔してしまうのです。
 患者が「痛い」と声を出すのは、医者への貴重なサインです。それ以上押されると穴が開いてしまうという危険信号を出しているわけです。医者がそれを無視してしまったら、コミュニケーションはとれません。結局、患者さんのSOSが医者に届かず、腸に穴を空けてしまうということになります。
 内視鏡検査というのは、弱ったことに、初心者ほど患者さんに痛みを与えます。患者さんに「痛い、痛い」と言われるので、初心者ほど使用する麻酔薬の量が増えます。だから、初心者ほど出血や穿孔事故も多くなりますし、さらに恐ろしい麻酔事故さえ招きかねません。
 一方、ベテランで腕のいい医師ほど患者さんを痛がらせず、しかもスピーディーに検査をすませますから、麻酔を使わないか、患者さんにリラックスしてもらうために、ごく少量使うだけということになります。
 麻酔を使った検査がどう行なわれるかというと、まず患者さんに強い痛み止めの注射を打って寝てもらいます。内視鏡検査はモニターの画面で腸の状態などを見るため、モニターが見やすくなるように、部屋の照明をやや暗くします。もちろん、暗い中でも患者さんの呼吸状態はきちんとチェックされていますが、初心者の医者だったりすると、内視鏡をうまく挿入することだけに気を取られて、麻酔で眠っている患者さんへの注意が散漫になることがあります。ふと気づくと、強すぎる麻酔が効いてしまって呼吸していない患者さんの姿に慌てふためくのです。
 麻酔事故は恐ろしいものです。もし、無呼吸の時間が五分以上続いたら、脳は不可逆のダメージを受け、植物状態になってしまいます。
 私自身は幸いにして、これまでに一万人を超える検査をして無事故という実績を持っていますが、いくら数をこなしても、緊張感を失ったことはありません。人間の腸は、原則的には同じ構造ですが、顔かたちと同じで、細かい部分ではそれぞれ違うからです。
 私自身は検査でほとんど麻酔を使いませんが、麻酔の使用を完全に否定はしません。患者さんの心理状態によっては必要なケースもあるからです。ただし、自分の技能のお粗末さをごまかすために安易に使用していたら、必ず事故が起こります。
 そういう理由で、大腸内視鏡は難しいのです。痛みを与えないようにすることは、内視鏡事故の予防のために、不可欠なことです。

この記事は私が2001年7月に上梓した一般人向けの本『その便秘こそ大腸ガンの黄信号』(祥伝社)からの抜粋です。昔の記事ですので今の考え方と違うところもありますが、あえて訂正せず原文のままでご紹介します。
 近年、ありうべからざるというような医療事故が次々と報道されています。しかし、医療の現場が最近になっておかしくなっているとか、医療従事者の質が最近低下しているということではないのだろうと思います。
 最近、事故の絶対数が増えているというのではなくて、逆に、これまでは実際に事故が起きていても、なかなか明るみに出てきていなかっただけなのです。
 昔は事故が起きても、患者さんや家族に正しく伝えることはあり得ませんでした。露骨な表現をするならば、闇から闇へという実態があったはずです。
 ところが、一部の勇気ある人たちの内部告発によって、事故の事実と実態が明らかになってきたということです。
 これまでも起きていた事故が白日のもとにさらされるようになったということは、事故に対してまだしもフェアになってきたということですから、これはいいことです。
 一方、病院側の事故への対応は、これだけ騒がれたいる現在でも、まだまだ不十分と言わざるを得ません。特に遅れているのが、病院側の危機管理システムです。
 死亡事故1件の裏には、国に報告すべき重大な事故を、一〇件ぐらいは起こしており、さらに、報告されない程度の小さな事故は、さらに一〇〇件ぐらい起こしています。
 死亡事故の原因は、決定的な単一の原因によるものではなく、たまたまその時だけ運が悪くて小さなミスが重なっただけのときに起こります。しかし偶然ではありません。死亡事故を起こす病院というのは、ふだんから大きな事故、小さな事故を日常的にたくさん起こしており、その時点で危機管理ができていないから、いつか必ず死亡事故にまで発展してしまうのです。
 事故を起こしても病院の体質はすぐには変わらないので、また同じことをやる可能性があります。新聞などを騒がせたりした病院や、インターネットの医療訴訟の常連の病院は敬遠した方が無難です。

この記事は私が2001年7月に上梓した一般人向けの本『その便秘こそ大腸ガンの黄信号』(祥伝社)からの抜粋です。昔の記事ですので今の考え方と違うところもありますが、あえて訂正せず原文のままでご紹介します。
 私の父は、もう2年はやく、大腸ガン検診を国がしていたらあんなに危険な目に遭わなくて済んだかもしれません。人が病気になるときは大きな玉が坂を転がるように、ゆっくりと加速していきます。簡単な検査一つで、まだ動き始めの頃に気がつけば何でもないことなのに、ある程度勢いがつくともうどんな名医でも元に戻すことは難しくなる。
 厚生省が、大腸ガン検診の導入がおくれたのは、50万人と予想された便潜血陽性者の受け入れ施設が用意できないという理由からでした。
 国民に大腸ガンが増えてきているが、2次検査受け入れ施設が少ないから、1次検査を実施しないという考え方も本末転倒でした。
 その後も不足状態が続いているのに、平成11年4月には大腸内視鏡手術の大幅な点数切り下げ(30%以上)を行いました。
 大腸内視鏡は胃カメラのように簡単にはいきません。きちんとした指導を受けていない医師が大腸内視鏡をすると、患者さんの苦痛が大きいばかりか、穿孔事故の危険が高まります。
 長期的な視野で専門家を育てていかなければいけないのに、保険点数を大きく変更されては、専門家を育てにくくなります。
 三五歳以上の人は大腸内視鏡検査を二年に一度受ける。
 もしこれを実行したら、日本から大腸ガンで亡くなる人は皆無になるのではないか、と言えるほど内視鏡検査の効果は高いものです。
 しかしながら、内視鏡検査医の絶対数が足りないのです。実際には、どう考えても三五歳以上の人が二年に一回大腸内視鏡検査を受けるという理想を達成するのは無理ということになります。
 では、現実的な妥協点として、40歳以上は五年に一度受診して、検査を受けない年は便潜血検査を受けてもらうというのが、医師として最大限の譲歩案です。
 それでも医師は全然足りない。
 内視鏡の専門家がいる病院では、胃カメラと大腸検査の比率は2対1がふつうです。胃ガンと大腸ガンの死亡者がほぼ並んでいて、胃カメラは毎年の検査が理想、大腸ガンは2年に一度の検査が理想ですから、この数は理にかなっています。内視鏡の専門家がいないと大腸検査の比率が低くなり、そういう病院はそれだけ大腸ガンを見落とす可能性が高くなります。
 もちろん、内視鏡検査の専門家をどんどん養成していくというのも、われわれの大切な役目だと思っていますし、一人でも多くの人が検診を受けてくれるように啓蒙・宣伝をするという努力も続けていかなければなりません。

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